先日、隣の県にある主人の地元に行き、
義父の四十九日法要をしてきた。
親戚の方々が集まり、冠婚葬祭のホールにて、
お坊さんにお経を読んでいただき、
お話をしていただいた。
その後はお墓に行き、納骨をした。
風の強い中、なかなかろうそくに火が灯らず、
苦労した。
それでも青空の下、みんなでお線香をさし、
お祈りをしてきた。
それからまたホールにもどり、
みなさんでの会食となりました。
今回はお坊さんも一緒にいただき、
それぞれに昔話に花が咲いていた。
それでも半年前の義母の法要と比べ、
明らかに少ない人数で、
少々寂しい気もした。
前回はあんなに賑やかだったのに。
どうしても比べてしまう自分がいた。
でも。
ふと思い直した。
義母は80歳になってすぐの葬儀、法要だった。
しかし、義父は85歳になってからだった。
一般的に女性の方が長生きと言われている。
そうすると義父は長生きできた方なのかもしれない。
義父の兄弟も、
遠くにいたり、
足が不自由だったり。
亡くなった方が高齢だと、
兄弟知人も高齢なのだと、
体の調子が良くないので出席できない人も増えるのだと、
思い直した。
要は、長生きするとは、そういう事なのかもしれない。
さみしい、というよりは、
それほど、ずっと長く生きることが出来た、
ということなのかもしれない。
半年前の義母の時の、
通夜も葬儀も法要も、
涙涙の中でのことだった。
でも今は、義理の両親を見送ったことで、
すべてのことを無事に終えることが出来たという、
安堵が胸の中に広がっている。
完璧ではなかったかもしれない。
でも一通りのことは、出来たように思う。
主人は当主として、
これからの実家をどうするか。
いろいろ向き合っていかなければならない様子。
私は、どのようなことになろうとも、
主人の判断を助けてあげたいと思っている。
明らかに助言が必要な場合を除いて、
尊重してあげたいと思っているのだ。
義理の両親がまだお元気だったころに、
もっといろいろとしてあげればよかったと、
亡くなってから何度も思っていた。
もっと親孝行ができたのではないかと、
後悔に似た感情が、頭をもたげていたりもした。
それでも今回の法要を経て、
今の私が思うのは、
亡くなったからと言って、
すべてが終わるのではないということ。
確かにもう、直接会うことは出来ない。
お話を聞くことも、
肩をもんであげることも、
一緒に庭の草むしりをすることも、
一緒に台所に立つことも、
もう二度と出来ないのだ。
どんなに会いたくても、
会いたくても、
もうその人たちの笑顔を見ることは出来ないのだ。
それでも。
今は思うのだ。
生前とは違う形で、これからも会うことが出来るような気がする、のだと。
ふとした瞬間に。
義母ならどう言うだろうか。
義父ならどう考えるだろうか。
賛成するだろうか。
反対するだろうか。
娘の100点のテストを、
一緒に喜んでくれるだろうか。
そばにいないのは、身体だけなのだ。
いつまでも、心は傍にいるようだ。
ようやくその気持ちになれてきた。
「生前より、亡くなった後の方が、身近に感じる」
とは誰かの本にあった言葉。
今私も、感じている。
今までとは違う付き合い方で、
義理の両親は私の傍にいてくれる。
義理の父との最後の面会で言った言葉、
「生まれ変わってもまたこちらにお嫁に来たいです。
だからその時はまたよろしくお願いします」
その言葉に嘘はなかった。
その時に義父が目に浮かべた涙がどういう意味なのか、
今となっては知る由もないが。
私なりに喜んでくれたのだと、
思うことにしている。
人はいつか亡くなる。
そしてその瞬間まで生ききることが、
私達生きているものの務めだと思っている。
のんびりすることもあるけれど。
のほほんとすることもあるけれど。
時には人に感謝される生き方を、
していきたいと思っている。
今まで優しくしてくださったことに感謝して。
これからの人生を生きていこうと思っている。
春は、お別れの季節なのだなあ。