こんにちは、冬菜かしこです。
その1からの続きです。
ケアマネージャーさんとデイサービスの責任者さんと、
みなさんのご協力のおかげで、
今まで週4日だった父のデイサービスを、
「緊急時のため特例」ということで、
週6日にしてもらえ、帰宅も6時半頃にしてくれるようになりました。
そのため妹も、最初は「大丈夫、大丈夫」と言ってくれていたのですが、
一週間もたつと、父の様子が少し不安定になってきました。
今までは、認知症とは言うものの、
物忘れするよね、程度だったものが、
だんだん、こたつからでなくなり、
引きこもりたがるようになり、
昔の出来事を夢想するようになり、
とても支え切れる状態ではない、という風になってきました。
一週間頑張ってきた妹も、ついに「もう、無理!」と音を上げたので、
週末は兄に来てもらい、父のお世話を頼みました。
一泊二日でも、妹は休むことができて少し回復し、
そのあと数日は頑張ってくれていました。
しかし父の様子は回復することはなく、
妹も我慢の限界が来て、
「お姉ちゃん、一人でお父さんのお世話をして。
じゃないと、私、休めない!」と言われて、
それまでは、妹と二人でしていた父のお世話を、
私も妹と同様に一人ですることになり、
「それは、それは、大変しんどい認知症のお世話」
をすることになりました。
妹が一番大変だと言っていた深夜3時の「デイサービスに行く準備」
のための安眠妨害ですが、
私が父と二人でいる時には、深夜のそれはありませんでした。
私は常に父のそばにいて、たまに握手をして話をしてあげて、
物忘れ発言をしても「忘れてもいいよ、私が覚えておくからね」
と言ってあげて、そういう「認知症の対応策」をしていたのが、
もしかしたら功を奏したのかもしれません。
4日間実家に泊まり込みましたが、一度も深夜の「準備」がなかったので、
それは良かったなと思います。
その後、二人娘に泣いて懇願されて、
「おばあちゃんちに行かないで!家にいて!
お母さんがいないと、けんかになる!」
とのことで、実家に帰るのを免除してもらってからも、
どうやら父の深夜の「準備」はなくなってくれたそうです。
やはり父は父で、心の不安定さが頂点に達していたのでしょう。
「自分に優しくしてくれる」デイサービスに、行きたかったのでしょう。
なんとなく父の気持ちが、分からなくもないと、
私は思ってしまいました。
兄と妹に、二人娘の気持ちが不安定になっていることを伝え、
実家に行くのを免除してもらっているとはいえ、
週末、二人娘に来てもらい、泊まってもらったりはしました。
「おじいちゃん、おじいちゃん」
と小3と小5になつかれて、まんざらでもない父は、
久しぶりに笑顔を見せていました。
子供の無邪気さは最強だな、と本当に心からそう思いました。
交通事故から二週間経ち、
母はよたよたしながら退院しました。
実家の居間には、福祉器具のお店でレンタルした「介護用ベット」を入れ、
なんとか母の生活が出来るようにしました。
買い物もままならないだろうから、
宅配弁当も手配しておきました。
ひとまず、母が生活できるようにだけは、しておきました。
なかなか実家に行けないので、
せめて遠距離でも出来る介護をしておこうと思ったのです。
母が退院して実家に戻ってきたことで、
妹の精神状態も、少し落ち着きを取り戻してきました。
やはり、慣れない人が認知症のワンオペ介護をすることは、
無理があったのでしょう。
妹一人に父の介護を押し付けてしまい、
本当に申し訳なかったなと思いました。
そして今回の事を契機に、
いよいよ「老々介護の限界」を思い知ることになりました。
「たった二週間でも、母のいない父の介護は無理」
ということが、露呈してしまったのです。
今までは運よくかわしていた介護が、
母の入院で目の前に突き付けられて、
とてもじゃないけど無理だということが分かりました。
もちろん、中には老親の介護を必死にしていらっしゃる方も多いと思います。
老親本人が他人の介入を許さない性格だったり、
経済的に施設を考えられない状況だったり、
いろいろだと思います。
私の周りにも、在宅介護の話は聞くこともあります。
でも。
兄夫婦は、他県に住んでいて、実家で同居する意志はない。
妹夫婦は、実家の近くに住んでいるけれど、
父と母の両方を介護するのは難しい。
私達夫婦は、小3と小5の小さい子供を抱えていて、
転校させるのはかわいそうだと思っている。
それぞれに、難しいのだな、と思ってしまっています。
どれだけしても、多分、介護に終わりはありません。
そしてまた、正解もありません。
ただ一つ言えるのは、「自分の人生の次に、親の介護がある」ということ。
逆転してはいけないのだと思うのです。
どれだけ批判されても、どれだけ非難されても、
自分の人生よりも優先されるべき介護はないのだと思うのです。
なぜなら。
自分の人生には、自分にしかできない役回りが付いて回っているからです。
だから、介護は周りの人に頼ることが大事だし、
いろいろな行政や民間のサービスを利用することが大事なのだと思うのです。
そして私は思うのです。
毎日毎日、完璧な介護を続けることなど到底無理なのです。
だから、ある日突然介護が終わってしまったら、
大抵の場合は「ああ、ああしておけばよかった」などと後悔するのです。
でも。
それは当然のなりゆきなのです。
なぜなら、介護はある日突然に終わるからです。
小学校の卒業式のように「この日に卒業します」
などと、分かっていることなどないからです。
だから、いいんです。
「ああ、やっぱり、後悔したな」で、いいんです。
突然にやってくるサヨナラに対して、
「それでも、大好きだったよ、ありがとう」と思えれば、
それで十分だと思うのです。
「今日が良い日でも、明日も良い日だとは、限らない。
今日が悪い日でも、明日も悪い日だとは、限らない。
ならば、とりあえず前を向いて、歩いていけばいいんじゃない?」
と、そんな風に思うのです。
今日は一日窓の外を雨がしとしと降り続いています。
明日も雨かもしれないし、明日はからりと晴れるかもしれないです。
ひとまず今日は雨が降っています。
部屋干しの洗濯物は乾きにくいです。
花壇の花には水が行き届いています。
雨が降ることで、良いこともあれば、悪いこともある。
ひとまず、今日は雨がふっています。
それをどう感じるのかは、自分次第なのだなと、
そんなことを思っています。
明日も素敵な一日になりますように☆